香港の歴史が刻まれた美荷樓は、1950年代に建築された香港初の公営住宅だ。現在、このアパートは歴史的建造物に認定され、ユースホステルとして開業に向けて工事が進行している。1950年代のリアルな香港の狭小住居を経験出来る機会が到来する。
美荷樓の起源は、中国からの移民が多く住む石硤尾のスラム街を襲った1953年の大火事で、この大惨事を受け当時の香港総督が公営住宅の建設を開始した。
美荷樓は石硤尾邨(Shek Kip Mei Estate)という公営住宅群の一部で、6階建てのH型の構造をしている。家屋数は、384戸。それぞれ5人向けの住居で、生活設備は貧しく、用水とバスルームは共用。そして料理は外の廊下で調理するという環境だった。ちなみに香港は街に屋台やテイクアウト出来るスタンドショップが数多く存在し、食べることには困らない。そして香港独特のスタイルのカフェと定食屋がミックスした茶餐廳という場所も人々にスペースと食事を与えている。茶餐廳は公営住宅の1階にあたる所で営業していることが多く、そのコミュニティの一部となっている。
香港は土地が少ない場所。だからこそ、それぞれの場所がそれぞれの役割きちんと果たし、人々の生活を円滑にする。自分たちの役割を認識している人々で成り立つコミュニティは、お互いの思いを理解し合っているから居心地がいいかもしれない。余分な、心配をしなくてもいい。
香港に居た時は、いつも人々のエネルギー溢れる姿に感嘆していた。住居は狭小かもしれないけれど、人々はより大きな世界を目指して、上昇を目標に縦横無尽に動き回っている。「人生は広くもなれば、狭くもなる。それは、人生から何を得るかではなく、人生に何をそそぎ込むかにかかっている」。赤毛のアンの作者のモンゴメリのこの言葉は曖昧さがない香港にぴったりだと思った。
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